ミットライト_そして
ミットライト
発現したそれは私やあなたという個人を超えて皆が共生する「世界」なのだ。
リベルム・アルビトリウムというラテン語があり自由意志を意味している。人間の意志を含む、世界や宇宙に潜んでいる力の発動を「自由意志」とみなしている。哲学者ショーペンハウアーは意志について、目的や理性の有・無のうち無の方を意志の主題とした。それは因果性を持たない意志である。「意志は盲目である」という考えもそれによる。
ショーペンハウアーは世界は最悪という。本来の意志(上記で述べた自由意志)とは異なり、やがて思惑や意図となる意志の個別化により人は抗争を起こし、それらで象られているのが世界である。さらに、世界は苦悩と矛盾によると。
…一切皆苦。…ペシミズム。共感共苦。
「世界は私の表象である」という言葉を残したように、世界は人の共苦=ミットライトにより表象として現れている。ともに苦しんでいる世界という共通の世界意志。
これを「知る」のではなく、悲観や厭世(えんせい)とするのでもなく、まずは自分のこころを使い直視しながら制作を見つめてみる。
そうして作られたもの・発現したものには必ず「制作者=私」が残響している。それを観るあなたに私とは別の面からを観点とし、私の残響を引き受けてみてほしい。ここがあなたの思う世界と地続きの世界であること、というよりはじめからあなたや私はひとつの世界に住んでいるし、あなたや私が思ういろいろな齟齬がこの先ずっと噛み合わなくてもどこかで一緒に生きていきたいと思えたりするかもしれない。
そして
ここでいう「あなた」は対象を絞ることはなく不特定多数の「あなた」。「私」は田中良太を指し示します。「自分はこんなふうに思っていまして、、、」ということを伝えてみたいと感じた人と一緒に展覧会を作っていきたいと思いました。伝えたい内容はともかくとして、人選はとても個人的かもしれません。関係性の近い人もそうでない人もいます。でもどこかで一緒に生きているような間柄なので必然性はあります。私が個人的に思うことに何を感じているのかを確認し合うことよりも巻き込む形で三名のアーティストと空間を共にしたいと思うわけです。
田中良太









